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阿波リトリート

神山整体堂のblogです。ホームページはこちら。http://karadakobo.wix.com/seitaido

手当ての教室 神山クラス 5/20

今日は、神山整体堂で手当ての教室を行いました。

 

参加者は、日頃からハードワークでやや運動不足気味というお二人。

そこで、念入りに足や背骨、骨盤をほぐす体操を行ったあと、足の裏の真ん中に体重を乗せ、身体を小刻みに上下に揺する気功法を行いました。気持ちよく身体を揺すりながら、普段緊張させている肩や胸、みぞおち、腰の緊張を緩め、自然な姿勢を作っていきます。

「良い姿勢」と言われると、胸を張り腰を反らせた姿勢をイメージしがちですが、腰は反らせすぎても腰痛の原因となります。体重が真っすぐに足裏に乗る負担の少ない姿勢を作ってみると、「すごく前傾しているみたい」と驚かれていました。

その姿勢のまま、立って行う簡単な気功法「立禅」を数分。皆さんの身体がほぐれると、表情や場の空気もよりやわらかくなってくるのが不思議です。

 

手当ての実習では、目の疲れをとる胸椎一番から三番の整圧と、肩こりをほぐす下頸の整圧、自律神経を調整し頭の疲れをとるための頭部とアキレス腱の愉気を行いました。

 

6月の神山整体堂での教室は17日(土)10~11時半を予定しています。

 

手当ての教室 佐那河内クラス 5/18

昨日18日は、佐那河内で三度目の手当ての教室を開きました。

 

手当ての教室では、最初に簡単な体操で全身をほぐし、つづいて身体の自由な要求に身を任せる「活元運動」を行います。

そのあと、掌に気を集めて身体に触れる「愉気」の基本を練習してから、参加者でお互いに季節の手当てを行います。

 

今回は、ご参加の皆さんに腰痛と膝痛が多かったため、簡単にできる腰と膝の手当てを実習しました。

膝の痛みは、多くの場合、身体のねじれと関係しています。そこで身体のねじれ運動を司る腰椎三番と痛い方の膝の裏とに合わせて愉気を行いました。

また、腰椎三番は五つある腰椎の中心で、腰痛にも深く関係するため、この骨を左右に軽く揺らすことで、簡単な腰痛の手当て及び予防とすることもできます。

 

また、手当ての実習中に足がつった方がいらしたため、足がよくつる人のための予防として、腎臓の手当ても行いました。腎臓の手当ては冷えの対策にもなるため、どなたにも有効で、気持ちの良い手当てです。

 

今月の神山でのクラスは、明日20日(土)10~12時です。

 

※先日、愛媛の鹿島でキャンプしてきました。名前の通り鹿がうようよいる島でした。

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気を送るより響き合おう

 先日、我らが大先生・野口晴哉先生のエピソードをある方からうかがいました。

 その方は野口先生の晩年のお弟子さんで、若い頃、余命半年と宣告された末期がんの方をみて「自分の施術ではどうにもならない」と、野口先生にみて頂いたそうなのです。すると野口先生はサッサッと3か所ほど背中を押さえただけで、仰向けにしてお腹にじっと愉気されました。そして癌や余命のことを何も告げていないのに、ぼそっと小さな声で「亡くなるには早いですよ」とおっしゃったそうです。その後、その癌の方は10年以上生きられたとのことです。

 野口先生の神業エピソードはたくさんありますが、直に見た人の話を聞くと改めて感動すると同時に、私たちとの次元の違いに愕然とします。同じ「整体」と言いながら、野口先生のそれは何か根本的に違ったのだと思います。

 その違いは何か。自分なりに日々模索していますが、野口先生の整体は心と身体の響き合いを使っていたのではないかと感じています。普段、私たちでも人と会うと言葉を交わす前から「今日は元気そうだな」「どこか沈んでいるな」「疲れているな」というようなことを何となく感じるものです。そして元気な人といると自分も元気に、暗い人といると暗くなってしまいます。人間の心と身体は互いに響き合うので、他人の状態を鏡のようにパッと映しとってしまうのです。

 しかし私達の鏡はエゴで曇っているのである程度までしか分からないのです。恐らく野口先生の鏡は静まり返った泉のように、濁りなく他人のことを映しとっていたのでしょう。だから観たり触れたりする前にどこが悪いかすぐにわかったのです。そして自分の静まり返った状態を今度は相手に伝えていたに違いありません。だから短時間の整体でガラッと人を変えることができたのだと思います。悟りの境地が師から弟子にパッと伝わることを禅で「感応道交」と言いますが、まさにそんな整体であったのではと思います。

 ではそこに至るにはどうすれば良いか。キーワードは「集中」だと思います。集中して集中して集中しきると、集中している自分を忘れて、見ている自分と見られている相手が一つに重なる瞬間があります。その時に、自分と相手が響き合う、「感応道交」するようです。

 時々ですが、施術の中で、骨に手を当てて集中しきった時に、骨と自分が重なって、その骨がリーンと鳴るような気がすることがあります。そういう時は、施術後、「すごく変わった」と喜んでもらえます。フーフー言って気を「送っている」ような時は、送る自分と受ける相手が分離しているので、苦労の割に効果が今ひとつのようです。野口先生の言う「相手と息一つになる」境地は未だ遥かですが、そこに一歩でも近づけたかなと思うこの頃です。

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へその下で息できますか

整体の仕事を本格的に始めてから、体調の悪い人と接する機会が増えましたが、最近はその人の呼吸に目が行くようになってきました。体調が本当に悪い人というのは、総じて呼吸が浅いです。逆に不調であっても呼吸をしっかり腹でしている人は安心して見られます。
やはり、下腹部で呼吸する腹式呼吸は健康法の王道です。
しかし実は、本当の腹式呼吸というものは、なかなか難しいのです。
試しに数回、「腹式呼吸」を行ってみてください。
そしてお腹に手を当ててみてください。どこを中心にお腹が膨らんでいますか?
へそから下が中心に膨らんでいればバッチリです。けれど大抵は、へそやへそから上を中心に呼吸していることが多いのです。これでは十分とは言えません。へその下(丹田)を膨らませるというのは、意外と難しいのです。
なぜなら息を下腹部に入れるには、全身の力を抜かなければならないからです。
私達f:id:karadakobo:20160902121858j:plainはたいてい無意識のうちに力んでしまっています。力みで作った姿勢を良い姿勢と勘違いしているのです。特に生活が西洋化して、日本人にとっての良い姿勢の定義が変わってしまいました。胸を張り、腰を反らす西洋的な良い姿勢は、腹式呼吸にとって最悪です。
昔の日本人の写真を見てみると、肩や胸が自然と落ちて、腰はそらさず自然です。こういった姿勢であれば自然と呼吸は下腹部で行われます。
下腹で呼吸をしようとせず、全身の力をゆるめて(肛門だけ軽くしめて)、反らさず丸めず、伸びず縮まず、楽な姿勢を取ってみましょう。赤ちゃんになったつもりで。ひょっとしたら姿勢が悪くなったように感じるかもしれませんが、楽であれば構いません。頭の力を抜いて何も考えず、まずは下腹から息を抜いていきます。十分に抜けば、今度は勝手に息が入ってきます。何呼吸か繰り返していくと、下腹に呼吸が満ちてくるのがわかります。力を抜いたまま、その感触を味わってみましょう。
慣れるまでは少し努力が必要ですが、その効果は絶大です。特に不眠症やノイローゼなど、神経的に参っている人には、絶対におすすめです。

梅雨の手当てで雨滴声を楽しむ

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「雨滴声」という禅語があります。

一口に雨音と言っても、屋根を叩く雨音、草花に降りしきる雨音、軒先から一滴ずつ垂れていく雨音、様々です。色々な雨音に耳を傾けていると、何とも面白く静かな気持ちになります。

しかし身体にとって梅雨というのは実に厄介な季節です。身体の不調を訴えて整体堂を訪れる人も多くなりました。

じめじめしていると洗濯物が乾かないように、身体における水の循環も悪くなるのだと思います。

気圧のせいか湿気のせいか、呼吸がうまくできなくなり、気分も塞ぎやすくなります。

腎臓、肝臓、心臓、肺とさまざまな臓器に負担がかかり、その結果全身がくたびれてきます。そこに梅雨の冷えが加わると足腰頭が痛くなることがあります。

梅雨をうまく乗り切るには、足の指をひっぱり身体をよくねじって、水の循環をよくします。そして肝臓と心臓に手当てをして、血をきれいにします。さらに目に手を当てて疲れを取り、梅干しや味噌汁などで胃腸を整えます。

梅雨の晴れ間には散歩に出ましょう。野口晴哉先生は大股で上を向いて歩くことをお勧めされています。太ももの裏が伸びると呼吸が楽になります。

身体が元気になれば梅雨もまた良しです。「雨滴声」を楽しみつつ日々を送るのも乙なものです。

 

神山の茶葉で紅茶づくり

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梅雨になりました。

肌にまとわりつくような湿気は鬱陶しい限りですが、畑の野菜と草たちは大いに元気で伸び盛りです。

花の季節の春が終わり、近所ではスダチ、柿、キウイ、それにザクロも小さな実をたくさんつけています。

 

少し前になりますが、五月初旬の茶摘みの季節「八十八夜」の頃に、ご近所の農家さんの畑で初めての茶摘み体験をさせていただきました。

つやつやの新芽を、この春伸びた枝の分だけ摘み取ってゆく作業です。

日本茶には茎の部分が大切で、葉だけしごきとってはお茶にならないそうで、古い枝と新しい枝のちょうど境目で折り取るのは、初めてだとなかなか難しい作業でした。

10㎏の茶葉を製茶場に持ち込むと、翌日には2㎏の新茶を受け取ることができます。

ツバキの仲間にはチャドクガなどの毛虫がつきもの、という印象があったのですが、風通しのよい場所で、きちんと刈込など手入れがされていると、無農薬でもほとんど虫は付かないのだそう。

神山町は山がちで風も強いため、お茶に消毒する人はほぼいないのだと聞きました。味も甘みがあり、美味しい緑茶ができます。

畑でも、色々な苗を植えると、育つもの、枯れるもの、様々ですが、適材適所ってあるのだなあ、と思います。

その土地にあった作物を無理なく育てること、その季節に自然に手に入る恵みを感謝していただくこと、それがきっと、人にも自然にも適った農業なのだろうと思います。

 

さて、せっかく生の茶葉が手に入ったので、少量でも手作りのお茶も試してみたいと思い、今回は緑茶よりも手軽な紅茶づくりにトライしてみました。

まずはお茶の葉を12日乾燥させ、少ししんなりしたら手でもんで、葉っぱにたくさんの傷をつけます。これをビニール袋に入れ、室温の高めの場所(今回は日向に停めた車の中)で数時間発酵させ、最後にフライパンで乾煎りして発酵を止めれば出来上がり。

初回は発酵が足りなかったのか、紅茶というより烏龍茶に近い味わいに。そこで2回目は発酵時間をたっぷりとったのですが、発酵が長すぎると逆に香りが飛ぶとのことで、これはほとんど香りのない失敗作に。3度目のお茶はなかなかに素朴で良い香りの紅茶になりました。

 

また、昔から山で仕事をする杣人たちは、山に生えているお茶の葉をたき火で焙り、川の水を沸かしてその場でお茶を出していた、という話を聞き、茶葉を直火で焙るお茶も作ってみました。これはなかなか野趣あふれる、味わい深いお茶でした。

この方法を教えてくださった方によると、この方法なら特に季節も問わず、また茶の木でなくとも、ツバキ、柿などなんでもできるとのことでした。これから色々と試してみたいところです。

 

今はベランダでドクダミの葉を乾燥中。これもお茶になる予定です。

ところで、ドクダミの花が咲けば蛍の季節と言いますが、今月の初旬、白い花の盛りの頃に、町内でも有名な蛍スポットに出かけました。月もなく、ほどよく湿った夜で、木立に囲まれた清流に無数の蛍が乱舞している様は幽玄夢幻。いつまでもこのままで、と願わずにいられない風景でした。

 

「息が浅い」は「吐けていない」

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元気な身体は、下腹部を中心に呼吸しています。

病気になったり心身がくたびれると、息が浅くなり胸や肩で呼吸するようになります。

整体師は、どんな時でも相手の息が深くなるように整体を行います。息が深くなれば、あらゆる異常は改善に向かいます。

だから元気になりたければ、息を深くすればよいのです。

ところが、息を深くするというのはなかなかに難しいのです。

深呼吸しようとすると、大体、息を吸おうとします。特に「下腹部で吸おう」とか「胸いっぱいに吸おう」と、意識して頑張れば頑張るほど、息は浅くなっていきます。

 

息を深くするには、まずは吐くことです。力を入れて吐き切るというよりも、頭や身体の力を抜きながら息を漏らすように吐いていくことです。まるで深い眠りに落ちるようにして息を吐き切ります。すると次の吸う息が自然と深くなり、全身の細胞の隅々にまで活力が行きわたるように感じます。

呼吸が浅いというのは、緊張によって十分に息が吐けていないということだと思います。

息が浅いと感じる人は、難しいことは考えずに、ぜひゆったりと息を吐き切ってみてください。

きっと自然と深い呼吸を体感できると思います。

 

※写真は散歩中にあぜ道で見つけたサボテンの花です。